30年の眠りから覚めた”原体験”とは、
1975年、$1=360円/固定レートの時代、翌年の建国200年祭に沸くアメリカに僕は独り旅立ったのでした。小学生、夏休み・・・
そこには物質的な豊かさだけではなく、広々としておおらかで寛容な、なんとも幸せな空気に包まれていました。当時の日本からすると、そこは「おとぎの国」。お世話になった家庭には僕を挟んだ上下に三人の男の子、上からパパそっくりな太目のマーク、がっちりマシュー、甘えん坊のマーク、一番下には女の子でリサ、そしてビーグルが待っていました・・・
O’HAREから郊外にあるお家に着いた僕は早速おばあちゃんの仕立ててくれた浴衣を皆にプレゼント。初めて会ったその場から打ち解け合って言葉に困らなかったのはナゼでしょう!家には広々とした芝生、巨大なステーションワゴン、そして毎日のテーブルには巨大な肉塊、山積みのトウモロコシやポテト、机程もあるピザ、人工Berry臭プンプンのデザート、そして「幾らでもやり(食べ)なさい」と言うスタイル。もちろん傍らには巨大なママとパパの笑顔!!
そしてキャンプへ!子供達はみんなキャンプが大好き!ステーションワゴンにパパ、ママ、そして僕を含めた子供達5人の計7人と犬が乗り込んで、フリーウエイを目的のキャンプ場までドライブします。歌い、笑い、寝、そりゃ男の子が4人も居れば時には喧嘩してママに怒られ。。緑の中では何時もカーニバル。そして皆がフレンドリー、皆がハッピーでした。残念ながら写真は全て紛失してしまいましたが、乗り物好きだった男の子の脳裏から離れなかった、大興奮の水陸両用クルーズバスのポストカードが手許に残っていました・・・
様々なキャンプ施設が周辺の自然には沢山あり、しょっちゅうお出かけしました。・・・勿論ジェットコースターも子供はイイに決まってますが、キャンプ場にあったちょっとした遊戯施設のミニボーリングやバスケットの類は当時DIME一枚で遊べた気がします。それよりも自然に入り込んで触れる空気や水は、繊細な子供だからこそ大人よりも敏感に感じ取って、単純に「気持ちいいから楽しいそして好き」だったのかも知れません。今検索してみたら、そのキャンプグラウンドが見つかってビックリ!
改めてこのポストカードを見てみると、リバークルーズやダムの上を歩いてみたり、その道中もフリーウエイをひた走って、きっとテントで寝てた事が想像され、なーんだ今やってる事と同じじゃん(笑)て。。そういえばそんな素晴らしい思い出があるのも、僕を夏休みという短期で受容れ様々なアウトドアの経験をさせてくれたファミリー、そしてチャンスあっての事。今度は逆に日本、さらに海外の皆さんにも日本の自然でキャンプを容易に楽しむシステムを提供したかったのかも知れないっと改めて気づいたのはついさっき(遅!)ここ鎌倉は、きっといいベースキャンプにはるはずです。
さて、不安定なモノゴトだらけの現代社会にあって、「リアルな存在である木や山の魂に触れる機会ってのが大事なんだよ~」って、写真のネイティブアメリカンが言ってました・・・かどうかは分りませんが・・・
米国は豊かさを満喫した70年代の後、80年代は不況に陥ります。僕のお世話になった家もいろいろと大変だった様ですが、人の作ったモノや構造はそう遠くない将来必ず壊れる存在。だけどリアルな存在は全てそこに在り続けます。触れた時の感触もまた。。



